おきなわ工芸の杜おきなわ工芸の杜

概要・歴史

花織は花織手巾【ティサージ】として旅の安全を願う守りとして沖縄各地で盛んにおられていた歴史があります。
今では伝統芸能の中の踊りや歌い継がれた唄の中にその形を 伝え残しております。
原初、花織の技法は平織りの不本意な掬い残しが自然発生的に手織中に織られ点在し残り、経糸や、緯糸の形状が織り面に残った浮き模様を意図的に意匠し織られ花織【ハナウイ】としての形が整って来たと考えられます。
機織り産地の多い沖縄各地にその地域ならではの【ハナウイ】として織り継がれ今では様々に展開されています。
八重山地方の木綿織の起源は1634年川平村の大浜安師が流刑先の慶良間島から木綿栽培や製糸、製織の技術を持ち帰り伝えたのが八重山地方の綿織物の始まりであると記されています。
八重山地方の人頭税の納付記録にもティサージ4万反の記録が残されており石垣、竹富地方、与那国島地方でも織られていた記録が残っていますが、現存するティサージがどこの産地かを特定することは困難に思えます。
八重山地方は八重山上布が人頭税の筆頭を占めており人頭税後も着物市場の需要で生産は隆盛を極めました。
生活の用布としてのティサージは、換金手織りではなく次第に織ることは衰微し、伝統舞踊や唄の中にその形を残すのみとなっています。
花織の存在を知った八重山花織事業協同組合現理事長高嶺幸子が1989年、沖縄県工芸指導所より花織の技術指導を受け【八重山花織】が誕生しました。
八重山に木綿が伝わり【八重山みんさ】の5【いつ】4【よ】までもの謂れを取り入れた縦、緯糸の両面浮き畝織り【花織みんさ】の創始と、原初の人頭税資料に記されたティサージの柄、色などの研究、資料収集をし再現を試みています。
素材の研究、新柄の創作【亀甲形、流線】など花織技法を探求しつつ花織の進化と深化で、現代の生活に生かされる手織りとして提案し続けています。

基本情報

原材料綿糸
主な製造地石垣市
主な製品帯地・テーブルセンター など
組合名・設立年月日八重山花織事業協同組合・平成17年3月18日
国指定伝統的工芸品指定年月日
県指定伝統工芸製品指定年月日
出典八重山花織事業協同組合ウェブサイト

主な製造地

石垣市

現在も全て石垣市の工房と、組合員で製織、製作されています。
1989年花織り技法を習得した理事長のもとで賛同する仲間や工房が集まり平成17年3月18日に八重山花織事業協同組合が設立されました。
石垣島の実店舗での販売みね屋工房、オンラインショップで帯やバッグウェアなどの販売がされています。

おきなわ工芸の杜について

当施設の基本情報や伝統工芸品の歴史、おきなわ工芸の杜』が果たしたい役割について紹介しています。

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